
あの衝撃的な一言から始まった新たな人生
今回は、ダシーズアイスの開発者である松本薫さんのセカンドキャリアの挑戦について記したいと思います!
2019年2月7日、柔道界に大きな衝撃が走った。ロンドンオリンピック金メダリスト、「野獣」と呼ばれた松本薫さんの引退会見での一言。
「わたし、アイス作ります!」
記者たちは戸惑いました。オリンピックで2大会連続メダルを獲得した日本柔道界のレジェンドが、なぜアイスクリーム? 多くの人が「柔道家がなぜアイス?」と疑問に思ったはず。
しかし、この発言は決して思いつきではありませんでした。そこには、アスリートとして生きてきた松本薫さんだからこそ見えた景色と、長年温めてきた夢があったのです。
甘いものへの憧れと、現実の厳しさ
松本薫さんの挑戦のルーツは、現役時代の複雑な想いにあります。
実は、松本さんは子どもの頃から無類の甘いもの好きでした。ロンドンオリンピックで金メダルを獲得した直後のインタビューで「パフェが食べたい!」と答えたのは有名なエピソード。しかし、その裏には多くの人が知らない現実がありました。
アスリートとしての厳しい食事管理。特に柔道という階級制スポーツでは、体重管理は選手生命を左右する重要な要素。どんなに甘いものが食べたくても、それが許される時間は限られていました。
「厳しいトレーニングを続けていると、暑くなったときにどうしても冷たくて甘いものがほしくなるんです。でも、そこで食べてしまうと体にさまざまな影響が出るのがわかるんです」
松本さんの証言には、アスリートならではの切実さがにじみます。一般の人なら何気なく楽しめるアイスクリームが、彼女にとっては「食べたいけれど食べられない」存在でした。
体が甘いものを欲しているのに、それを口にすれば体がむくんだり、皮膚が痛がゆくなったり、時には体調を崩してしまう。そんな矛盾した現実と長年向き合っていました。
夢の原点—「みんなが笑顔になれるアイス屋さん」
実は、松本さんには子どもの頃からの夢がありました。「みんなが笑顔になれるアイス屋さんかケーキ屋さんになりたい」—それが、柔道を始める前からの純粋な憧れでした。
柔道で世界の頂点まで上り詰めた後も、その夢は心の奥底で静かに燃え続けていました。現役時代の食事制限の経験が、その夢に新たな意味を与えていました。
「本当に体にやさしい、罪悪感なく毎日食べられるアイスがあれば、みんなが笑顔になるのではないか」
この想いが、松本さんの第二の人生を決定づけることに。
前例なきセカンドキャリアへの挑戦
オリンピックメダリストのセカンドキャリアといえば、指導者、解説者、スポーツ関連企業への就職などが一般的です。しかし、松本さんが選んだ道は全く違いました。
「アイスクリーム屋さん」
— それは、アスリートとしては極めて異例の選択。
周囲からは驚きの声が上がりました。「なぜアイス?」「本当に大丈夫?」そんな疑問の声もあったはず。しかし、松本さんの決意は揺るぎませんでした。
東京富士大学との協業により、「ダシーズ ギルトフリーアイスクリームラボ」が誕生。松本さんは商品開発の中心人物として、自らの理想を形にしていく挑戦を始めたのです。
「ギルトフリー」という革命
松本さんが目指したのは、従来のアイスクリームとは全く異なるコンセプトの商品でした。「ギルトフリー」—罪悪感なく食べられるアイスクリーム。
乳製品不使用、白砂糖不使用、グルテンフリー、トランス脂肪酸不使用。さらに、保存料や増粘剤などの添加物も一切使用しない。ベースはココナッツミルクや豆乳を使用し、甘味料にはミネラル豊富なてんさい糖を採用。
そして最も特徴的なのが、すべてのフレーバーに日本の伝統的な「だし」を使用していることだ。昆布から抽出したうまみ成分が、アイスクリームに深いコクと満足感をもたらします。
「アスリートが現役時代に培った栄養管理などの知識も商品開発のアイデアとなり、一般の方々の健康維持にも役立つ商品へと繋がっています」
現役時代の経験すべてが、この新しい挑戦に活かされたのです。
二児の母として、企業人として
現在の松本さんは、二児の母親としての顔も持っています。子育てと仕事の両立は決して簡単ではありませんが、その経験もまた商品開発に活かされています。
「子どもたちには、安心して食べられるおいしいアイスを食べさせたい」
母親としての視点が、商品への新たなこだわりを生んでいます。アレルギーを持つ子どもでも安心して食べられるアイス、家族みんなで同じデザートを楽しめる喜び—それらすべてが、ダシーズアイスのコンセプトに反映されています。
挫折と成長—理想と現実のギャップ

もちろん、この挑戦は順風満帆ではありませんでした。アスリートとしてのキャリアと、企業人としての仕事は全く異なるスキルが要求される。
商品開発、マーケティング、販売戦略、顧客対応—すべてが新しい学習の連続だった。時には思うような結果が出ず、悩む日もあったはず。
しかし、松本さんはその挫折を成長の糧に変えていく。現役時代に培った精神力と継続力が、新たな分野での挑戦を支えていました。
「めちゃくちゃ楽しいです」
商品開発について聞かれた松本さんのこの言葉には、純粋な喜びがあふれています。困難があっても、自分の理想に向かって進んでいることへの充実感が感じられます。
アスリートの新たな可能性を示す
松本さんの挑戦は、アスリートのセカンドキャリアに新たな可能性を示しています。
従来の「スポーツに関連した仕事」という枠を超えて、自分の経験と情熱を全く異なる分野で活かす道。それは多くの現役アスリートや引退を考えているアスリートにとって、新たな選択肢となっています。
「引退する段階で考え始めては遅い。選手たちに競技以外での働き方、情報を伝えていくのは重要」
松本さんのこの発言は、アスリートのキャリア支援の重要性を示しています。スポーツで培った能力は、必ずしもスポーツ分野でのみ活かされるものではないと。
継続する挑戦—さらなる高みを目指して
現在もダシーズアイスの商品開発は続いています。新しいフレーバーの開発、販路の拡大、ブランディングの強化—松本さんの挑戦に終わりはありません。
「今は、自分の体が実験台だと思っています」
健康への探求心も尽きることがありません。アスリート時代に培った体への敏感さを活かして、より良い商品を追求し続けています。
夢をつなぐ—次世代への想い
松本さんの挑戦には、次世代への強い想いも込められています。
健康志向の高まり、食のアレルギーへの配慮、持続可能な社会への関心—現代社会が抱える多様な課題に、アスリートの経験を活かしてアプローチしています。
「みんなが笑顔になれるアイス」
という子どもの頃の夢は、今や社会的な意義を持つ事業として結実しています。食の制限がある人も、健康を気にする人も、小さな子どもからお年寄りまで—誰もが安心して楽しめる選択肢を提供することで、より豊かな社会の実現に貢献しています。
終わりなき挑戦者として
「野獣」と呼ばれた松本薫さんの第二の人生は、まだ始まったばかりです。アイスクリーム事業、子育て、講演活動、メディア出演—多岐にわたる活動の中で、彼女は常に新しい挑戦を続けています。
オリンピックの表彰台で日の丸を掲げた栄光の瞬間から、アイスクリームを一つ一つ丁寧に作る日常まで。松本薫さんの人生は、「やりたいことに年齢制限はない」「夢は何歳からでも追いかけられる」ということを私たちに教えてくれています。
前例のない道を歩む勇気、失敗を恐れずに挑戦し続ける姿勢、そして何より「みんなを笑顔にしたい」という純粋な想い—松本薫さんのセカンドキャリアは、多くの人にとってインスピレーションの源となっていることでしょう。
「野獣」から「アイス職人」へ。この劇的な変化の裏にあるのは、一貫した挑戦者としての精神なのかもしれません。勝負の舞台が畳からアイスクリームショップに変わっても、松本薫さんの挑戦は続いています。
わたしたちも松本さんのセカンドキャリアを応援するとともにダシーズアイスに関わっている人として、このアイスを一人でも多くの人に届けられるよう頑張っていきたいと思います!
